つぶやき
2015年
杉木先生おめでとう!(今頃)
本当に今頃のアップ。ごめんなさい。
杉木先生の結婚式の写真です。ロックハート城での素敵な挙式でした。
披露宴で職員は余興として、杉木先生の大好きな関ジャニの曲でお祝いしましたよ。
退職後もちょこちょこ園に遊びに来ては子どもたちと遊んでいったり、時には仕事をしていってくれたり・・・。いつまでも頼りになる杉木先生です。今度はいつ来るかな~?
Happy Wedding!
2015.02.07
昨年3月までご勤務いただいた宇津巻先生がご結婚されました。
相変わらずか~わいい❤
なんといっても癒し系でいつも笑顔がステキな先生でした。
消防士のご主人様を、いつまでも変わらない宇津巻先生らしさで支え、幸せなご家庭を築いてほしいと思います。
お幸せに!
お誕生日おめでとうございます!
今日は清水先生の○暦のお誕生日です!とても○歳とは思えない若さです。
職員の優しいお母さん的存在の清水先生。お祝いの冠?で素敵な笑顔です。
2014年
打ち合わせ中
2014-12-18
今日は21日のおゆうぎ会に向けて職員会議。そのあと学年ごとの打ち合わせをしている様子です。会議中も意見を出し合ったり、時には話が脱線して笑いあったりと、チームワークの良いところが「チームなのっち」の力だと思います。
明日は荷物の最終チェックと積み込み作業。頑張ります。
ご無沙汰しております。
2014-12-02
富岡高校1年生実習の感想を少し・・・
2014-06-18
■子どもの様子
・いろいろな子がいてどう接すればいいのか工夫した。
・感情表現がとても豊かだった。
・みんな元気!みんな笑顔!みんな活発!みんな積極的!
■施設で工夫されていると思ったこと
・硬そうに見えるコンクリートが実はやわらかかった。
・子どもの体のサイズに合わせている。(便器のサイズ・蛇口位置など)
・きれいで清潔に保たれており、転んでも大丈夫なようにとがったもの、角ばっているものが少ない。
■先生が子どもたちに対する接し方を見て気づいたこと
・とても優しく接していて悪いことをしている子がいればしっかりと注意していた。
・ゆっくりと子どもが理解できるように話し、強張った表情を一度もしなかった。
・子どもと目線を合わせて優しく簡単に言葉を使っていた。
・自分でできることは自分でするように優しさと厳しさで接していた。
・誰に対しても優しく、仕事ではありますが自分の子どものように接している姿はすばらしかった。
■全体の感想
・中学校の時に一回体験しましたが、その時には感じることのできなかったことを感じることが出来ました。仕事を体験するということはとてもいいことだと思うし、やらなければ気づけないこともあるのだと思いました。
・この実習を通して、とても子どもが可愛いと改めて思いました。とても貴重な経験ができました。
・自分も3歳のいとこがいるので今日学んだことをふまえ接したい。3歳にもなると一人で色々とできるなと思った。
・みんなかわいかった!
富岡高校の皆さん、ありがとうございました。
子どもたちも職員も楽しいひと時を過ごすことができました。
良いパパになってくださいね♪
Happy Wedding!
2014-06-09
6月7日は浦野先生(旧姓茂木)の結婚式でした。
若くてフレッシュな新婚さんですが、落ち着いていてしっかりとしたお二人なので、お式もゆったりと大人の雰囲気でした。
本当に感動的な結婚式でしたので、クライマックスで泣きすぎた私です・・・。
いつまでもいつまでもお幸せに❤ おめでとうございます! (榎本)
2013年
2012年
2012年7月 母子草編集後記(ベストを尽くす)
2012年7月
園長だよりでも書きましたが、この子育ての時期は今だけです。後でどうにもなりません。だからと言って働くことがいけないなどと言うつもりもありません。それぞれのお考えや家庭環境は違います。ただ、その中でも何とか家族で協力してより良い環境を子どもたちにつくってあげるという気持ち・心構えが大切なんだろうと思います。
『功なり名遂げた、あるキャリアウーマンがつくづく述懐していた。「自分は同僚が結婚や出産のために次々とやめていくのをよそ目に、頑張って働き続けてきたが、そのために子どもとの時間をほとんど持てなかった。子供が大学を出て、自分も定年になってふと気がつくと、子供はまったく家に寄りつかなくなっていることに気がついた。けれども、もう取り返しがつかない。失われた時間はもう返ってこない。自分は最も大切なものを失ってしまったのかもしれない」と。』(『家族の復権』林道義)
これは極端な例だと思いますが、どんなに忙しい環境にあってもこの人に自分で(もしくは家族で)与えられた環境の中で子どもとの関わりにベストを尽くすという意識があったら別の結果につながったのでは?と思います。
今、この時期に与えられた環境の中でベストを尽くせるようにしましょう。あとでよかったと思える日がくると思います。(園長)
2011年
2011年11月 母子草編集後記(褒めるということ)
2011年11月
ロサンゼルスオリンピックの金メダリスト山下泰裕さんの講演を聞く機会に恵まれました。
「過去なんかすべて忘れてしまっていい。今この瞬間に情熱・エネルギーを注入する。
未来将来に向かって全力を尽くす。柔道で学んだことを生かして人生の勝利者になること。
人生は皆がチャンピオンになれる。」
このような信念に基づき「人生の金メダルをもらえる人間になれ」と学生たちを指導されてきたそうです。
まだまだ失敗ばかりだが過去は振り返らないと会場を笑わせていました。
その失敗談をうかがい感動しました。気合がない大学4年生部員がいたそうです。
高校・中学時代は県レベルのチャンピオン。
しかし大学では毎年力のある後輩が入ってくるとともに目標を失い練習にも力が入らなくなってくる。
そんな4年生ならいらないと思っていた。
しかし、ある病気の少年のために柔道部の部員で献血に協力をすることになった。
そしてその子の手術が終わった時に、その子のお母さんから、
だめだと思っていたその4年生が献血をきっかけに何度もその子を気遣い励まし続けていた事実を知らされる。
その後部員みんなの前でその学生のことを褒めたそうです。
そうしたらその4年生が練習に対する姿勢が全然変わったと・・・。
人を褒めるということは言葉で分かったつもりになっていて、本当に褒めるということができていなかったことを思い知らされ、
多面的に人を見られることができていなかった自分を恥じたそうです。
教育はその子の良さを伸ばしてあげること。このことをきっかけに少しずつ自分が変わっていったと・・・。
勝つことより人間教育を柔道界で訴え続けているそうです。
今勝つことより20年後30年後の柔道界が大事と・・・。
スポーツの素晴らしさを改めて実感した感動の講演会でした。(園長)
2010年
2010年12月 母子草編集後記(鐘の音)
2010年12月
金剛院に鐘楼堂が建立される。鐘楼堂というと時を告げる合図や除夜の鐘をイメージされるのでないかと思う。除夜の鐘は、岩波仏教辞典によれば、「一年の最後の晩に、旧年を送り新年を迎えるために各地の寺院で撞く鐘。除夜は除夕ともいう。除夜の鐘は、凡夫の持つ百八煩悩を除去し清浄な新春を迎えるため、その数だけ打ち鳴らすとされる。
平家物語の冒頭は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」で始まる。諸行無常とは、「もろもろ作られたものは実に永遠なものではない」という意味で鐘の響きはただの音ではないようである。
中国の南山律宗の祖である道宣の舎衛国祇園寺図経」の一節の中に《祇園精舎にある一つの堂に銀の立派な鐘が下げられており、僧がまさに逝かんとする時にその鐘が鳴らされる。
その音の中には諸仏入涅槃の法が説かれている。また、病の比丘(びく)(男子の出家修行者)がこの鐘の声を聞くと、本心を失うことなく、「諸行無常はこれ生滅の法、生滅滅し已りて寂滅を楽となす」という音の中で病僧の苦悩は除かれ清涼の楽を得る》と。(お位牌はどこから来たのか 多田孝正著)
すこし難しいかもしれませんが、鐘の音は合図だけではなく、その響きの中に仏道の教えを聞き、菩提心(悟りを求める心、悟りを得たいと願う心)をもつ意味もあるのではないでしょうか。撞く側の心が響きわたりそうなので、しっかりしなければ・・・。(園長)
2009年
2009年12月 母子草編集後記より(ピースについて考える)
2009年12月
子どもたちが写真をするときにピースをする。職員もハイピースと言って子どもの笑顔を引き出す。ピースをすると笑顔になるんだと言った私の知人もいるが、この意味を知っている人がどれだけいるだろうか。作家の曽野綾子氏が月間Will2009年12月号でこのことを書いている。
このVサインは、文字通り「勝利」を意味するもので、チャーチルが第2次世界大戦中、戦意高揚のために勝利の頭文字Vを指で作って人々に示した。また、百年戦争のときにイングランドの弓兵がフランス軍を挑発するジェスチャーとして使ったという説もあるそうだ。一般にVサインは、全共闘などの学生運動をしていた若者たちがVサインを出して「ピース!」と叫ぶのがかっこよく見えて、子どもたちがまねしたのではないか、と言われているそうだ。このVサインには裏があり、掌を反対にして見せると、「くたばれ」という意味らしい。
日ごろ何気なくやっていることも、その意味を知らずにしていることも多いのではないか?何故やっているのか問うて見るのも必要なことだと思う。これは、園の中にも当てはまることもあると思う。「進化と継承」は永遠のテーマか。
ちなみに私もピースはしないようにしている。あまり格好いいものではないように思う。子どもが笑顔で写真に写るため何か「新たな秘策」を考えようか・・・。(園長)
2008年
2008年3月 母子草3月号より(手本)
2008年3月
園長だよりで「習慣」のことに触れましたが、決して良いことだけが習慣ではありません。悪いことも習慣になりえます。毎日の生活は、子どもたちのお手本になっていると自信を持てますでしょうか?私なんぞは、疑問も残りますが、常に子どもの前ではどのように映るか?意識しているのは仕事柄でしょうか。
手本とは、無言で教え導く名教師だ。ことわざや格言も、確かにわれわれの進むべき道を示してはくれる。だが実際に人間を導くのは、ものをいわぬ無数の手本であり、生活をとりまく現実の模範なのだ。(中略)人は誰でも、多かれ少なかれ、耳より目を通して物事を学ぶ。現実に見たものは、それがどんなにささいなものであっても、単に読んだり聞いたりしたものよりははるかに印象が深い。特に幼少時代にはこの傾向が強く、「目は知識の専用の入り口だ」といっても過言ではない。子供は、見たことを何でも無意識に模倣する。昆虫の体が、常食にしている草の色に似るように、子供もいつの間にか周囲の人間と似かよってくる。家庭教育が重要だといわれるゆえんはそこにある。(サミュエル・スマイルズ著の自助論)
あいさつはほんの一例でしかない。私自身完璧かと言われればまったくもって自信は無いが、わが子の心に一生刻まれるすばらしい親(手本)としての何かを残したいと思っています。
「子供のころ母さんから教えこまれた誠実さや道徳心という美徳を、いまでも決して忘れません。とくに、他人のために何かしてあげようとするとき、母さん譲りの美徳を感じずにはいられないのです」と慈善事業家のファウエル・バクストンは、立身出世を果たしてからも母親宛の手紙に書いたそうです。
(園長)
2007年
2007年12月 母子草編集後記より(危機の中で)
2007年12月
高林京佑君の件では、多くの皆様にボランティアや募金等でお世話になり感謝いたしております。まだまだ、募金の状況は厳しいですので、友人や知人への告知をお願いいたします。本人もクラスのお友だちとテレビ電話で会話をし、元気をもらった様子です。
私も名ばかりでボランティアになかなか参加できませんが、毎日お手伝いいだいている方々の姿を見ると本当に頭が下がります。途方もない募金目標額、危機とはこのようなことを言うのでしょうか?
坂村真民氏の「危機の中で」という詩です。
危機の中で 人は成長し 危機の中で 人は本ものになる
だから危機を避けるな むしろ危機に立ち向かう心を養え
冷たい烈風の中を 行きつつ思う
早く回復を祈るのみですが、引き続き皆様方の出来る範囲でのご協力をお願い申し上げます。
(園長)
2006年
2006年1月 母子草編集後記より(はがき)
2006年1月
今年も、年賀状がたくさん届きました。しかし、自分で出す分は30日から書き出すという状態でお恥ずかしい限りです。最近は、子どもの写真で近況報告を済ませています。ただし宛名だけは、印刷にしないようにと頑張っています。結構大変です。
実は、皆さんのところには1月1日に年賀状が届きますが、12月31日の日に届く方がいらっしゃいます。理由は数が多いかららいしいのですが、大きな箱で届くそうです。その方は、毎日複写ハガキを書き続ける坂田道信さんです。職業は、農業ですが講演で全国を回られています。
昭和46年に森信三さんに出会いハガキを書くことの大切さを説かれ、以来出会った方に複写ハガキを書かれているそうです。最初の頃は、一枚書くのに2~3時間かかったそうですが、だんだん10分もかからずに書けるようになったそうです。
そのことを内心自慢するようになった時に、「ハガキは書くものではないですよ。書かせていただくものですよ。ハガキを書く作業は、相手の名前をお借りして自分自身を見つめ、深めるということでもあるのです。」と知り合いのお坊さんから教わったそうです。
宛名書きで大変だと言っているようではまだまだですね。
(園長)
2005年
2005年12月 母子草編集後記より(遊びをせんとや生まれけむ)
2005年12月
たまたま最近開いた二冊の本に同じ歌が載っていました。十二世紀の梁塵秘抄(後白河法皇編著)のなかに編まれている歌です。
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとやうまれけむ
遊ぶ子どもの声聞けば
わが身さえこそ揺る(動る)がるれ
技巧的な遊びや踊りでないからこそ、それは大人の心をとらえ、魂を動るがすのである。
(日本人の信仰心 磯部忠正著)
わが身までゆり動かされるのはなぜか。それはわれわれ自身の中にも遊びへの強い要求と感情があり、それが子どもの声をによって強い共感へとかりたてられるからです。(幼児期 岡本夏木著)
12月10日おゆうぎ会当日 皆さんを揺り動かすのは、子どもたちの遊び心?
生命の躍動? 生きる力? 当日をお楽しみに。
(園長)
2004年
2004年12月 母子草編集後記より(薫習)
2004年12月
幼稚園のホームページがきっかけで、名古屋の方と手紙のやりとりをするようになりました。園長のつぶやきのページに森信三さん(教育者・哲学者)のことが書いてあったのを見て手紙をいただいたのがきっかけです。
◆毎月一人新聞「雪月花」というハガキが届きます。今月は「命の重さ」がテーマでありました。子どもの会話の中で「死ね」「殺すぞ」という言葉を耳にすることなどを問題に取り上げていました。
◆日頃園の中でも、人が傷つく言葉や言われていやな言葉は言わないように、なぜ言ってはいけないかを指導していますし、もし実際にそのようの言葉を発したときには、厳しく指導をさせていただいています。是非ご家庭でも指導をお願いしたいと思います。この時期にしっかりとした対応ができるかどうかは?あとでかなりの差が出るように思います。
◆以前に紹介したことがあるかもしれませんが、習慣について大好きな言葉(日本語)がありますのでご紹介します。
薫習(くんじゅう)
どの家庭 どの企業にも そこの雰囲気がある
その雰囲気をつくり出すものは 毎日毎日その家庭の人々が
無意識に行っている習慣から かもし出されるものである
良き香りが習慣として 身についたとき
“薫習”と呼べるであろう 小野正孝
2003年
2003年10月 母子草10月号並びに群私幼125号編集後記より
2003年10月
歩いた!歩いた!とにかく歩いた!(あるイベントで)甘楽町から富岡市を通り妙義町まで二十数キロ。翌日は、下仁田町を通り南牧村まで二十キロ弱、総距離は四十キロを越えた。連日、秋雨前線のおかげか日頃の行いの良さか、雨また雨。ビッショリ濡れた靴に水がたまりなんとも言えない感触。ウインドブレカーにカッパを装備するも、シャツまでびっしょりで、寒さとも長い道のりの間お付き合いとなった。
ともに歩くメンバーは小学生七名、高校生三名、巨漢の大人二名のグループ(全体では五グループ)。同じグループの同級生の同伴者は一日目に足を痛めて途中棄権。楽しい会話を弾ませ、道草をしながら進む小学生と、とにかく完歩を目指し腰痛と戦いながら真顔で歩く小生との違いといったら…。情けない限りである。
ちょっとそこまでと、車を走らせる時代に、小学生も握飯のみ持って「歩く」ということを通して何らかを感じ取ったと思う。また、高校生と一緒に過ごす時間も相当楽しかった様子だった。ゴールは、一日離れていた両親との対面でもあり、感動的であった。
その後の反省会(小生の得意分野)では、大人たちがこの事業について熱い議論を交わしていた。「子どもと一緒の事業って良いよね!」どこからか聞こえてきた。本当にその通りである。子どもの歓声と笑顔、時には泣きっ面もあるが、毎日子どもたちに囲まれているこの職場は、最高なのである。
2001年
2001年10月「独りの力」
2001年10月
「独りの力」
ニューヨーク テロの惨劇みなさんはどんな受け止め方をしたでしょうか?
テロ アメリカ合衆国 宗教 ボランティア 愛国心 軍事 報復攻撃
日本の対応などなど みなさんも様々なことを考えたことと思います。
自分と言う存在が、この地域、この国、地球の人として何ができるのか?
次の言葉を思い浮かべます。
-独りの力-
今一番必要なのは、独りの力である。独り独りが、真剣に、どうしたらかつてない、この国の難儀を克服し、突破できるかを考えることである。
衆を頼まず、衆に左右されず、独り独りが考えることである。それができたら、日本は救われる。できなかったら自滅する。(坂村真民)
この国の難儀も、世界の難儀も 独りの力から
たった独りの力で変えられる。
2000年
2000年10月 感動していますか 熱くなっていますか?
2000年10月
「感動していますか?熱くなっていますか?」
運動会をご覧いただき子どもの成長を感じたりまた驚かせられたり、笑顔を見てうれしくなったり、様々な想いを抱かれたことと思います。そして何より感動をしていただいたのではないでしょうか?
私は、運動会やまた運動会の練習を通して感じたことがあります。私は幸せ者だということです。毎日毎日子供たちにあの感動を授けられているということです。毎日数時間ご家庭から大切なお子さんをお預かりし、子どもたちから感動を授けられる。本当にこんなありがたいことはないとあらためて感じました。
学生時代とサラリーマン時代にやっていたラグビー。もう辞めてから6年が経ちます。最近、ある人にラグビーやりたくないですか?と尋ねられた。やりたくないと言ったら嘘になりますが、今はやろうとは思わないと答えました。
ラグビーにのめり込んでいたころ思い返しみると、勝負の勝ち負けやみんなで男泣きしたこと大騒ぎしたこと、振り返れば楽しい思い出ばかり頭の中を過ぎります。何であんなに楽しかったのだろうか?
それはみんな一生懸命・本気だったのだろう・・・
確かにあの感動をもう一度ラグビーをやることによって得られるのならもう一度やってみたい思いもありますが、みなさんもご存知のとおり、この体型になってしまったらね・・・
しかし、今私にはラグビーをやらなくても、感動を授けてくれる子供たちがたくさんいる。そして、私の考えを理解してくれ文句一つ言わず苦労を共にしてくれる職員のみんながいる。そしてその周りを力強く支えてくれる保護者の皆さんがいる。これ以上何を望もうか?
本当に皆さんに感謝である。
この時期幼稚園にとっては、一年で一番重要な時期。来年度の新入園児募集結果がでる。今年はある思いがあって募集のポスターを枚数を限り園周辺に限って掲示をした。結果は、ほぼ出た。
また来年も多くの子どもたちと新学期を迎えられることができる。これまた、皆さんに感謝である。
みなさん、仕事・子育て感動していますか?熱くなっていますか?
明日は、学生時代ラグビー部同期の結婚式。試合の前に歌った大切な歌を、久しぶりにみんなで歌う。どんな思いが駆け巡るだろうか?